ネットでしかできない表現 コンテンツモデルを探せ! 「通信と放送の融合」のもっともわかりやすい形が、テレビ局自身による映像コンテンツのネット配信だろう。2005年にIT企業がテレビ局の取得を狙って動いたことに象徴されるように、同年後半から民放大手キー局4社が相次いでネット映像配信事業に乗り出している。中でも「第2日本テレビ」の動きが面白い。『電波少年』シリーズでT部長として活躍した土屋敏男氏がトップに座り、その『電波少年』ノリを受け継いだオリジナルコンテンツを展開している。そこには映画監督デビューも果たした松本人志による、実に5年振りのオリジナルコントも含まれている。わざわざネット配信向けのコンテンツを撮り下ろす意図はどこにあるのか。土屋氏自身の考えを聞いた。 つちやとしお●第2日本テレビエグゼクティブ・ディレクター。1956年、静岡県生まれ。一橋大学卒業後、1979年に日本テレビ入社。『電波少年』シリーズでは「T部長」として登場。編成部長などを経て、コンテンツ事業局次長兼「第2日本テレビ」事業本部VOD事業部長。 第2日本テレビエグゼクティブ・ディレクター 土屋 敏男 小寺 実は、今日は「はじめまして」というよりは「ご無沙汰しております」って言ったほうがいいんですけれど、私は一時期「パークタワーウエスト」でフリーランスのビデオエディターをやっておりまして。 土屋 ああ、じゃあ『電波少年』などでは随分お世話になりました。 小寺 こちらこそお世話になりました。そのときの経験からすると、局のプロデューサーで実際にいちいち編集所まで来て、作ったものを直して帰る人なんて土屋さんくらいしかいなかった。スペシャル番組のような大きいものになると局のプロデューサーも来たりしたんですが、毎週のレギュラー番組でそこまでしている方は いませんでした。ということで、コンテンツ制作の現場でちゃんとやってこられた方だということ。そして今 は第2日本テレビという「IPでの放送」の分野を手がけている方だということ。この両面から、この本のテーマを考えると一番外せない人物だと思い、ぜひお話を伺おうと。 そもそもテレビ局とIP放送/IP配信のかかわり合いと言った場合、一番はじめのきっかけって実は「トレソーラ」なのかな、と思うんですが。 土屋 きっとそうなんでしょうね。日テレは仲間に入れてもらえなかったのか、わざと入らなかったのか、その頃はこのセクションにいなかったしよくわからないんですけれど。 たぶん『電波少年』をまだやっている頃か、その後ですね。編成部長になったのが01年で、その年の12月までは番組がありましたから。当時はプライベートではインターネットを多少使っていましたが、IP放送にはほとんど興味がなかったんです。だからトレソーラは「これからはこんなことになるのかなあ」と遠くで見てたぐらいの感覚ですね。 なすびのインターネット中継 土屋 実は『電波少年』でも「なすびのインターネット中継」っていうのを有料でやったことがあるんですよね。だから、そういう好奇心みたいなものはあった。 確か98年で、ISDNが出始めたくらいです。インターネットを通して「動画が1秒8コマ放送できてすごい」と言ってた時代でした。それこそISDN回線を2つ接続してどうのみたいなことで、その環境を持っているのはまだ世の中の1%か2%みたいな時代でした。 そんな時代になんで中継をやったのかというと、なすびが疑われていたんです(笑)。『電波少年』って、本当は撮っている時だけ何時間か部屋に入っているだけで、24時間閉じ込められているわけじゃないんだよ、みたいなことが囁かれたわけですよ。それで、なすびは本当に24時間あの部屋でハガキを書いているんだよっていうことを証明するために、放送ではできないから、じゃあインターネットでそれを1日見せれば良いじゃん、ということでやったんです。 そのときの感覚っていうのは、東京タワーの展望台に望遠鏡ってありますよね。10円入れると景色が見えて、終わるとカシャってブラックアウトする。ああいうふうにお金をもらいたいと考えた。今から考えると恐ろしいこと言ってたもんだと思うんですけれど。 問題なのは、なすびは全裸だから、オンエアでは茄子のイラストで隠しているんだけれど、生中継でも隠さなきゃいけない。中継の技術本部を確か池袋に作って、そこには大きめの茄子を一生懸命マウスで動かしている人がいるわけ。24時間スタンバイしてて。「動くぞ!」「動きそうだぞ!」っていうと構えるわけね。普段は座っているから大丈夫なんだけれど、「動いた!」ってなると、ものすごく神経を張り詰めて動きを追うわけですよ。大きめの茄子でね。 その現場で「じゃあウチ帰って俺もそれ見るわ」って言ったんだけれど、当時マックで見ようとしたら、全然たどりつけなくて。現場と電話しながら設定して、ようやく見られた。後でログ解析すると、何百万人が見に来ているんだけれど、実際見られた人は450人だったかな(笑)。ものすごい落差。興味がある人は大勢いるのに、見られた人はそんだけなんだ、みたいな。 小寺 確かにその当時はISDNのサービスインがあって、インターネットはこれから「来る」と言われていた新しいメディアでした。新聞社やテレビ局には、そういうものに対して「いち早くやってみたい」っていう気持ちってやっぱりありますよね。結果は出なくてもとりあえずやってみる、みたいな。 TV局が自らネット配信する理由 小寺 今だと、インフラ的にも技術的にかなり過不足ないところまできて、テクノロジーだけは割と当たり前にできるようになってきたような現状がありますよね。そうなったときに、そもそも放送局自身が番組のネット配信事業をやる理由は何でしょう。あるいは逆に、やらなければならない理由ってどういうところなんです か? 土屋 僕の個人的な動機としては、一番大きかったのはやっぱり堀江さんへの反発ですかね。 堀江さんがニッポン放送を通じてフジテレビにアプローチし始めて、その「放送と通信の融合」が急に眼前の問題になった。それまでは、通信側からいろんなアプローチがあったとしても、放送側の腰はとても重かった。それで「そんなに重いんだったら会社ごと取っちゃえ」みたいになったわけですよね。 でも「じゃあ堀江さん、何をしたいの?」って聞かれたときに、放送番組をそのままネットに乗っけたり、あるいは放送は放送のままで「このドラマの主演女優の持っているハンドバッグは今インターネットのここで買えます」って情報を流す、みたいなことを答えていた。それを見てて「それが放送と通信の融合っていうこと かな?」っていう感じがすごくあって。もっと言うと、「それは違う」と思った。 その後もソフトバンクだったり楽天の三木谷さんが、ビジネスで「放送と通信の融合」を語るけど、それは「こういう新しい楽しみ方がありますよ」という形の提案ではなかった気がするんですよね。 それで僕はずっと考えて、だんだんある考えに至ったんです。インターネットは顕著な例ですが、コンテンツの流通って基本的に「技術」っていう要素がある。技術の進歩によって、コンテンツ流通っていうのは変わっていく。これがまず最初の前提としてある。 次に「ビジネス」っていう側面がある。コンテンツをどういうふうに新しいビジネスにするか。いわゆるITベンチャーといわれる人たちって、ここから出てきたと思うんですよね。 でも、さらにもうひとつ「表現」って核を考えるべきだと思うんですよね。この3つ「技術」「ビジネス」「表現」がお互い相関関係にありながら、新しいコンテンツ流通っていうものができていくと思うんです。 ところが、今はこの「ビジネス」の部分が非常に肥大化していて、一方で「表現」っていうのはコンテンツそのものだったりするから、そんなものは今既にあるものだと思われている。だから、三木谷さんがTBSに迫ったときも「水戸黄門が最初から全部見られるんですよ」なんて言う。 堀江さんが言ったのは「利益がもっと出るようになりますからやりましょう」ということですね。三木谷さんが言ったのは「便利になるからやりましょう」ということ。両方ともに「利」ですよね。利益とか便利の「利」を言う。 だけど、コンテンツそのものっていうのはそれだけじゃなくて、例えば映像だけじゃなくつて音楽や文学みたいなものも、基本的には人の心を動かすものじゃないですか。そういうものであるからには、じゃあインターネットの時代になって、どんなものが今までにない形で人に提供されるか、ということが同時に語られていかないといけない。 とにかく「コンテンツ、コンテンツ」と言うけれど、じゃあそれはなんなんだ。著作権が主題なのか。じゃあそれをどうするこうする、っていうことを形だけで言っちゃうと良くない。というか、技術とビジネスの議論だけでコンテンツの流通が語られていくことには危機感があった。 そういう議論では、「ネットでしかできない映像表現みたいなものは何か」という話には絶対にならないわけですよね。とにかくテレビ番組だからネットに出せばいいじゃん、とか。そこでお金稼げばいいじゃん、とか。モノを売る、eコマースをやればいいじゃん、とか。 そんな話ではなくて、ネットでしかできない映像表現みたいなものってのがあるはずだ。で、僕らは今までずっとコンテンツを作ってきたから、そのネットにしかない映像表現を探しに行こうっていうのが、第2日本テレビのスタートライン。 オリジナルコンテンツの模索 津田 「放送と通信の融合」が叫ばれるようになり、現在は民放各社が自ら動画配信サービスを運営していますけれど、第2日本テレビがオリジナル番組中心なのは、ネットならではの表現を模索しているということなんでしょうか。 土屋 そうですね。松本人志のオリジナルコント「Zassa」を去年有料で配信したんですけれど、それが僕が模索したかった1つの方向ですかね。 テレビはやっぱり広くならざるを得ない。視聴率が1%で60万人、5%で300万人なんて言われるけれど、5%っていうのはゴールデンプライムでいうと打ち切り対象の数字なんですよね。でも、300万人が面白いと思うモノって、CDや映画に換算すればすごいモノであるわけで。じゃあお金をもらって300万人が面白がる動画の表現方法っていうのは、ネットの有料配信なら「あり得る」って考えたわけですよね。まあ300万人じゃなくて100万人でも良いし。 それと同時に考えたことは、ネットは、テレビに比べると広さはないけども、そのかわりすごく深い表現ができる。狭くて深い、お金払ってでも見たいっていうものが、表現としてあり得る。 松本人志が最後にテレビでコントをやったのが6年前で、それ以来やっていない。テレビとコントが合わ がネットに乗っかればいいんだ、ってだけじゃなく、とにかく何かを見つけないといけない。 ネットの世界は、PCなどの技術モデルは「メイド・イン・USA」であり、グーグルやiTSなどのビジネスモデルもメイド・イン・USAであり、あと残っているのはコンテンツモデルだけなんですよ。これを探すことが、日本に残されたただ1つのものだと思う。これはテレビ局だけの話ではなくて、「それを探そう」って決意することが必要。 そうじゃなくて「儲かる方法は何だ?」ってやっていたり、「アメリカに追いつこう」「アメリカはこうしているぞ、日本はどうしてならないんだ」みたいな議論では、絶対に映像コンテンツの可能性の話には行かないっていう気がするんですよ。 新しい映像表現の可能性 土屋 今やりはじめている新しいコンテンツに「リアルタイムドキュメンタリー」があります。 例えば、投稿サイトに珪桐してきた栗城くんが、ヒマラヤの8200メートルの山に登りに行く。うちのスタッフを2〜3人、ディレクターとカメラマン……技術の人間を2人付けて、カトマンズやベースキャンプから動画を投稿させて、それを配信していく。 それに対して、応援メッセージとしてユーザーが携帯電話などで撮った動画やテキストを投稿できる。「見ました。がんばってください」って、ばんばん投稿されてくるんです。そういう意味だと、双方向型。 逆に、ヒマラヤのほうでインターネットでその応援メッセージを見て、「ああ、こういう人がこんなふうに言ってくれているんだ」 っていう形のやりとりも発生する。ひょっとしたら、吹雪の中で閉じこめられながら、それを見るかもしれない。何て言うか、感情のやりとりみたいなのがあり得ると、ちょっと面白いかなぁ、って思っています。 これなんかも僕が探している、テレビではできない、ネットでしか表現し得ない形態の1つだと思っている。だいたい山登りのドキュメンタリーっていうのは、最後までやって、編集して、音楽入れて、ナレーション付けて、っていうふうに作っていくものだけれど、そういうことじゃない。 ひょっとしたら高山病にかかって途中で帰ってきたり、山が吹雪いてダメでした、みたいなこともあるかもしれない。それをほぼ毎日更新していくっていうやり方は、映るのは少ないっていうことはありますけれど、「これは良いよね」って思ってやっていくものだから。 小寺 でもそれは、制作費が意外にかかっていますよね。技術者を2人も付けて、ディレクターも付けると、人件費だけで相当高いような気がするんですけれど。 土屋 意外にはかかっていますけれど、今はものすごく安くできるようにはなってますね。動画配信の制作費って、テレビの制作費に対して百分の1くらいですからね。 テレビ局ってだいたい、年間約1000億円の制作費を費やしていると言われているんですよね。これがそれぞれの局に発生している。その制作費を使って新しいものがパンパン出てきているのに対して、百分の1の制作費で面白がってもらうためには大変ですよ。 だからそのためには、テレビじゃできないことを狙っていかないと、とは思ってますよね。逆に言うと、僕はずっとテレビをやっていたから、テレビで今できなくなっていることつて何だろう?っていう疑問があって、それへの答えが松本のコントであり、リアルタイムドキュメンタリーであるわけです。 津田 テレビじゃできないこと、という部分が必然的にアイデア重視のコンテンツ制作につながっているということですね。 土屋 トピックとしては、Zassaを出した6月、それから8月の24時間テレビが大きかった。 24時間テレビは、要するに「アンガールズの2人が本当に走っているのか?」っていう(笑)素朴な疑問に対して、放送ではどうしても限界があるから、ネットにどんどんどんどん適宜映像をアップしていったので、記録的な再生数をその日に計測しましたね。 それから地上波ドラマの連動コンテンツへのアクセスが、非常に多くなってきている。1年前の同月比で4〜5倍くらいの再生数がある状態になってきています。それはやっぱり「見損なった前回の話がどうなったのか」とか、「途中から見たんだけれど主人公とこの登場人物はどういう関係にあるんだ」とか、知りたいことがけっこう出てくるんですね。 この前のクールなら地上波で『ハケンの品格』というドラマを放送していた。このPRスポットやクランクインの様子を第2日本テレビの中で放送すると、ものすごい再生数になるんですよね。週に1回放送するテレビに対して、それを補足する形でインターネットがある。さらに動画があることによって、すごく重層的に楽しむことができるようになっている。 第2日本テレビのインターフェイス 津田 「第2日本テレビ」は、画面上に描かれたバーチャルな商店街を移動していくインターフェイスですが、これはまさに音から「コンテンツ」を作ってきた人の発想だなと思ってるんです。すごく失礼な話になるかもしれないんですけれども、見たいコンテンツに即座にアクセスできないあの商店街のナビゲーションは、僕には「時代遅れ」に見える。 僕はちょうど大学生のときにインターネットが出てきて時間が売るほどあるとき「これは面白い!」と思って触った世代なんですが、そういう世代でネットにハマった身からすると、ネット上に置かれているコンテンツって、テレビや出版みたいな旧来のコンテンツと違って「自分でコンテンツを検索できる」ことが当たり前という感覚なんですよ。 YouTubeみたいなサイトが既に人気を集めていることを考慮すれば、第2日本テレビもアクセスしたらシンプルなトップページがあって、「松本人志コント」で検索したらすぐ「Zassa」が表示されて、その動画をクリックすると登録しておいたクレジットカードで決済が行われる……みたいにしたはうがいいような気がします。 2ステップくらいで見られるほうがネット的だし、ユーザーにとってもニーズに直結していて便利だと思うんですが、このあたりは土屋さんはどう思われますか? 土屋 まさにおっしゃるとおりだと思いますよ。それを1年半かけてようやくわかってきた(笑)。そんなにかかるなよっていう話もあるんだけれども。 僕らは今まで「テレビ」っていう劇場を持っていた。極端に言えば、番組というテープを納品すれば、それをお客さんが300万人とか500万人とか、場合によっては何千万人もいるようなところで自動的にかけられるシステムがあった。 それで、さてじゃあインターネットってのを始めましょうっていうときに、そこから始めちゃったんですよね。劇場の構えがこうなって、入り口がああでこうで、みたいな。